佐賀県鍼灸師会会長の國井先生のご紹介で面接を経て1984年(昭和59年)4月~1987年(昭和62年)6月までの3年3ヵ月間、長女がまだ生後3ヵ月でしたが福岡天神・田中はり灸療院で鍼灸助手として勤務させて頂きました。*子持ち助手は初(笑)
院長・田中僅悟先生(福岡県鍼灸師会会長)、副院長・田中正治(まさはる)先生(福岡県鍼灸師会青年部部長、日本臨床鍼灸懇話会理事:頚腕症候群・症例集積主任)のもと様々な貴重な経験をさせて頂きました。
開院準備のため院内外清掃、鍼消毒後の鍼分別作業から始まり電話対応。
月日経過で正治先生からのご指導で新患者さまの問診、徒手検査、面接時に要望しました正治先生指示による置鍼に抜鍼。3種類の保険請求書記載、僅悟先生から会長文書の清書、正治先生は全日本鍼灸学会:福岡全国大会の実行委員長でしたので準備補助、中央区地区委員として鍼灸師会会員さんの会費徴収訪問、領収書整理とその明細記述、週1回の正治先生主催の福岡臨床鍼灸研究会の勉強会準備 等々。
ベッド数7台で昼休み以外は患者さまが途絶えることは殆んどなく毎日がてんてこ舞い。
福岡市内の鍼灸院では上位で患者さまが多いこと。
3年目は数名の患者さまを任せられ施術もさせて頂きました。
失敗も多く療院の鍵忘れで3回ほど自宅まで受取に行ったこともあります。
家内が実家に帰省した際は田中先生自宅で夕食をご家族とご一緒頂き宿泊もさせて頂いたりしました。
助手を経て1987年7月下旬に小野寺鍼灸院を開業しましたが田中はり灸療院での貴重な助手経験から開業してからも税務関係も含め全く困りませんでした。
しかし、なかなか治らない症例は田中はり灸療院に電話し正治先生から施術内容指示を仰いでおりました。
1月26日午後に正治先生の長女、(遠藤)真紀子先生(3代目)から正治先生が昨夜、逝去されたと突然の報告。
数年前から病気療養中と存じてはいましたが、まだまだ、お元気なご様子と思っておりましたが・・・
昨年12月下旬に正治先生と電話でお話していたので驚愕しました。
心のなかで正治先生に佐世保市鍼灸師会か長崎県鍼灸師会へ頚腕症候群の特別講演をお願いしようかと思っていた矢先でした。
お通夜で正治先生と対面。助手時代のいろんな思い出が浮かんでまいりました。
印象に残っている言葉は「鍼灸院で治療される方は患者さんでもありお客さんでもあるから患客さんよ。」
時代を先読みされていた、この言葉は時々、思い起こします。
できが悪い弟子でしたが正治先生指導のもと貴重な経験が現在も生かされております。
いろんなことを学ばせて頂き本当に、お世話になり誠に有難うございました。
田中正治先生のご冥福を心からお祈り申し上げます。 合掌
デラシン通信